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本当に悟った禅僧

1 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 00:33:29
本当に悟った師家さんのおられる禅寺について語りましょう。

2 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 00:42:15





花園大学 歴代学長

山田無文 老師、西村恵信 老師、河野太通 老師、阿部浩三 老師






3 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 00:43:31
終了

●誘導●
「悟」れた人っていんの?part1
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1003439117/
マターリ禅宗 ヽ(´ー`)ノ
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/kyoto/1038555082/

4 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 09:23:35
〉〉2
老師という肩書きを持つ人は、皆さん悟った方なのですね。

5 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 13:48:14
だるま和尚

6 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 14:57:27
終了

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「悟」れた人っていんの?part1
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マターリ禅宗 ヽ(´ー`)ノ
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7 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 17:09:31





天龍、円通、虎渓、徳源、瑞泉、広園・・・さてと、さてさて、さてと、さてと、さてと、何処に行こうかな?(°∀°)






8 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 17:10:39
老師様って全部で何百人くらいおられるのでしょうね。

9 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 19:08:36
眠っている超能力を開花させた時、悟りは開かれる。
科学的に言えば限界まで心身を追い込む事により脳内科学物質の分泌が活発になり眠っている超能力が開花される。
本来、全ての生物には超能力が備わっている。
つまり、老師は超能力者。

10 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 20:03:27
超能力者の称号が老師なんだ!

11 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 20:38:39
そのとおり!!
老師は超能力を使って心を透視する!!
だから参禅者が悟ったかどうかが解る!!
悟りを開くとテレパシーを使える!!
だから不立文字!!
禅が解り難いのは超能力でお互いの心を読むから!!

12 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 21:22:09
曹洞宗佛国寺の原田湛玄老師に対して独参のときに意味不明の言葉を口走ってさまったが老師様は即座に理解してくれたのが不思議だった。テレパシーを使っていたのですか。

13 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 21:23:18
曹洞宗佛国寺の原田湛玄老師に対して独参のときに、意味不明の言葉を口走ってしまったが老師様は即座に理解してくれたのが不思議だった。テレパシーを使っていたのですか。

14 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/25(月) 21:57:15
心を透視できなければ悟りを開くことはできんからな。悟りを開かなければ老師にはなれんからな。

15 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/30(土) 16:52:33
       (´・ω・`) 無明とは明らかになしと申す文字にて候(沢庵)
  ((  (´・ω・`)(´・ω・`)
    (´・ω・`)  (´・ω・`)
 (( (´・ω・(´・ω・`)・ω・`) ))
    (´・ω・`)  (´・ω・`)
     (´・ω・`)(´・ω・`) ))
       (´・ω・`)

 無明とは明らかになしと申す文字にて候

 沢庵宗彭禅師(1573〜1645)の著、『不動智神妙録』の冒頭の一句である。
沢庵が柳生但馬守に示した剣禅一致を説いた書物である。
 沢庵はいう。人生は、そもそもが、無明なのだ。未知なのだ。
だから人生は、迷うことだと。
迷うから人生なのだけれど、その道を究めつくした達人たるものは、いつまでも迷ってはおられないのだと示している。


16 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/30(土) 23:10:54
>>1
山田 無文 様、西村 恵信 様、河野 太通 様、阿部 宗徹 様。

17 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/30(土) 23:21:27
>>16 この人たち本当に悟ったの?老師をずらずらと並べただけじゃなくて?

18 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/31(日) 00:27:56
>>17
行に偏らず学に偏らず菩提心を起こして誠に下化衆生を成す本物の老大師です。

19 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/31(日) 00:32:55
行を修めたければ阿部宗徹老師が師家を勤める静岡市 臨済寺、学を修めたければ阿部宗徹老師が学長を勤める京都市 花園大学。

20 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/31(日) 00:40:46





          行学二道の研修に励むべし。






21 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/31(日) 09:08:31
駒澤大学や花園大学の学長になる人は、当然悟った人ばかりでしょうね。

22 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/31(日) 09:17:23
阿部老師ってそんなすごい人だったのか…タメ口で話してしまった俺は最大級のバカだorz

23 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/31(日) 10:23:29
禅宗の悟りというものは、本当に「不退転」の境地なのか?
悟るとは仏陀になったということだから凄いことだよな。
しかし、煩悩を消し去ることのできる人間が今の時代いるとは到底思えない。

24 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/31(日) 10:26:37
ヒント
有餘涅槃
無餘涅槃

25 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/31(日) 11:01:34
煩悩がなければ人間では無いと思う。ただそれをどれだけ抑えられるかでしょう。

26 :煩悩即菩提:2006/12/31(日) 11:35:05





仏陀は、煩悩を抑えるのではなく、それすらも「菩提」にするということです(^_^)






27 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/31(日) 15:41:42
悟りたいなら小獄だと僕は思うのですよ。

28 :名無しさん@京都板じゃないよ:2006/12/31(日) 16:09:44
>>27
黙れ!!アホ新命!!そんな所で悟りが開けるかあ!!ぼけえ!!臨済寺へ行け!!

29 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/01/05(金) 00:37:36
【倶胝竪指】ぐていじゅし

 どんな質問をされても、ただ指を1本立てるだけの倶胝(ぐてい)という和尚がいました。
ある時、和尚の留守に来た客が留守番をしていた小僧に、法の説き方を尋ねました。すると小僧は和尚のマネをして指を1本立てて見せたのです。

 この事をあとで聞いた和尚は、小僧のその指を切り落としてしまいました。あまりの痛さに泣き叫ぶ小僧に、和尚は言いました。
「おい、こっちを見ろ!」

 小僧が見ると、和尚は指を1本立てていました。その瞬間、小僧は悟ったという。


『碧巌録』第十九則

          ,.-―┬-、
         /,. z===、ノ
         `i ハノヽハ〉
         ヾゝ!|,,゚ ヮ゚ノi_   
           (_iつ_/__/
   ミ ≡z 、__く_f⌒)^)_____
   彡≡-'´ ̄ ̄`(_ノし' ̄ ̄ ̄ ̄



          ニ三三三ニ


30 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/01/05(金) 19:11:19
坐禅と見性第50章 公案と見性B流れる水
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1167920142/


31 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/01/06(土) 21:24:14
♪  ∧_∧
   ( ´∀` )))
 (( ( つ ヽ、   ♪ 銀椀♪
   〉 と/  )))       雪〜♪
  (__/^(_)

銀椀裏盛雪(ぎんわんりにゆきをもる)

【本則】
挙(こ)す。僧、巴陵(はりょう)に問う、
 「如何なるか是れ提婆宗(だいばしゅう)」。
巴陵云く、「銀椀裏(ぎんわんり)に雪を盛る」。

【本則】
提案。僧が、巴陵鑑に聞いた、
 「迦那提婆の宗旨の根本は何ですか」。
巴陵は云った、「白い椀に白い雪を盛るように、見分けがつかぬが全くちがうものだ。」
 
【頌】
老新開、端的に別なり、
解(よ)くぞ道(い)えり、銀椀裏に雪を盛ると。

九十六箇応(まさ)に自知すべし、知(さと)らずんば却って天辺の月に問え。

提婆宗、提婆宗、赤旛(しゃくばん)の下清風を起こす。

【頌】

巴陵先生、まさしく格別である。「銀の椀に雪を盛る」とはよくぞおっしゃった。
九十六種の外道も思い知ったにちがいない。
悟らなければ天の月に尋ねてみなさい。
提婆宗よ、提婆宗よ。赤い旛の下には清涼な風が吹き起こる。

32 :名無しさん@京都板じゃないよ:2007/01/09(火) 19:52:51
      □  +   +    *          /\  
      □   ∧渡∧ +          /  . .\   
      ‖  (0゚・∀・) ワクワク     /      \  
   __‖  (0゚∪ ∪+ テカテカ   @    .  .  . \ 
   \三三三三三三三三三三三三三三|   . .   .  \ 
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                                   .  \   ∠@》))))))\/| ≡ 
                                      [ガッ] < 》凵j)))〆ソ ≡ 

花薬欄(碧巌録) かやくらん

 『碧巌録』第三十九則に「雲門花薬欄」という公案があります。


挙(こ)す。僧、雲門に問う、「如何(いか)なるか是(こ)れ清浄法身(しょうじょうほっしん)」。

門曰(いわ)く、「花薬欄」。


 雲門文偃(ぶんえん)禅師(八六四〜九四九)に一人の僧が問います。

「煩悩妄想(ぼんのうもうぞう)がすっかりなくなった美しい清浄な悟りの本体とはどんなものでしょうか」。
雲門、答えて曰く、「花薬欄」(花畑)。

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